BONNIE PINK


Message 1

2011.05.09

 

まだまだ余震も続く中で、

家族や家を失った大きな悲しみを抱えて途方に暮れている方々や、

大切な人と連絡がつかないで苦しんでいらっしゃる方々のことを想い、

毎日胸が張り裂けそうです。

一人でも多くの方が助かること、被害がこれ以上広がらないことを、

心からお祈りしています。

そして、賢明に救助活動や被災者支援に尽力されている皆さん、

悲しみや不便と闘いつつも復興に向けて踏ん張っている

被災者の皆さんに、私からの最大のエールが届きますように。

明日を信じて、生きていて下さい!

微力ながら私も協力していきます。

世界中がみんなを応援しています!!

Message 2

2011.06.05

 

LOVE FOR NIPPONの一部隊として、私とまわりのスタッフや

*有志のケータリングチーム15名で炊き出しに参加してきました。

津波が何もかもさらってしまったいちごの産地の

宮城県・山元町の避難所で私たちのチームからは

豚野菜丼を500食炊き出ししました。

皆さん白い温かいご飯が久しぶりだと言ってとても喜んで下さったので、

私も一膳一膳心を込めてご飯をよそい、

ノンストップで約2時間で豚丼は底をつきました。

おやつの時間に用意した綿菓子機の回りには子供達が集まって来て、

ほんのひとときですが避難所が明るく甘い空気に包まれました。

嬉しかったのは、皆さんが本当に喜んでくださったこと。

悲しかったのは、

まだまだ人手やぬくもりが足りていないとわかったこと。

両親も姉も忙しいからと、

避難所で学校に行くこともできずお留守番している小さな女の子が、

全然へっちゃらだと言いながら私のところに

何度も帰ってきては関心を引こうとする。

みんな我慢している、そう強く感じました。

私はミュージシャンなので、

何か音のなるものを持って行きたいと思って、

ハーモニカを用意してひとつずつにメッセージを書き込んで、

集まった子供達に配りました。

あちこちで鳴り始めたハーモニカの音色が、

被災地の皆さんの希望に繋がるといいなと思ったけれど、

大きな余震も頻発する中で絶望と希望がない交ぜになっていて、

まだまだ時間がかかるんだよと、

その乾いた音に教えられているような気がしました。

津波の跡地を見に行きましたが、あまりに何も無くなっていて、

そこにいちごのハウスがたくさん並んでいたことも、

温かい家庭があったことも、私には想像することすら厳しかった。

地震と津波、原発事故が人々から奪ったものは、

人の手と心で地道に補って行くよりほか無いのだと言うことも

痛感しました。

今後もLOVE FOR NIPPONの活動を通して、

より一層の支援の輪が全国に広がって行くことを切望します。

私も出来る限りの支援を続けて行きたいと思っています。

先日私が大阪で開催したファンクラブイベントでファンの皆さんから

募った支援物資をJUNEさんが現地に持って来て下さっていました。

なので西日本の熱い想いを、

山元町の皆さんの元に私から直接収めることができました。

そのJUNEさんの計らいと、

物資を提供してくれたみんなにも改めてありがとうと言いたいです。

最後になりましたが、*ケータリングの手配をして下さた

()m3pの畑中様、食材と仕込みを無償提供していただいた

()マザールーシーさんのご協力に心から感謝し、

この場を借りてお礼を申し上げます。